36 Profile─はえばら ともかず 1981年,アイオワ大学大学院教育学研 究科博士課程修了(Ph.D.)。専門は心 理統計学。著書は『心理統計学の基 礎』『続・心理統計学の基礎』(ともに 有斐閣アルマ)など。今回のテーマ に取り上げた入試改革関係では,編著 『検証 迷走する英語入試』(岩波ブッ クレット)などがある。 この人をたずねて ■南風原先生へのインタビュー はじめに 南風原先生のご専門は心理統 計学であり,先生が執筆されたテ キストにお世話になった方も多 いと思います。ただ,最近では大 学入試改革に関する報道や出版 物でも,よくお名前をお見かけい たします。そこで,今回のインタ ビューでは大学入試改革に焦点を 当て,様々な疑問に答えていただ きました。 ─大学入試改革のこれまでの変 遷と,現状について教えてくださ い。 先 に「 現 状 」 の ほ う で す が, 2021年度入試から,これまでの大 学入試センター試験が「大学入学 共通テスト」というものに変わり ます。それで何が変わるかという と,英語から発音・アクセント問 題や語句整序問題がなくなること や,試行調査でみる限り,各科目 でやたらと太郎さん・花子さんの 会話が出てくることなどくらい で,テストの名称を変えるほどの 違いはありません。 ではなぜ,わずかな変更なのに 名称まで変えたのか,というとこ ろが「これまでの変遷」というこ とになります。簡単に言えば,名 称を変えるくらいの大きな内容変 更が想定されていたのに,そのほ とんどがボツになったということ です。よく知られているのは国 語・数学の記述式問題,そして英 語の資格・検定試験の導入の見直 しですが,ほかにも複数回実施, 成績の段階別表示など,大きな変 更が提案され,その後,立ち消え になりました。もともとが無理の ある提案だったり,思いつきレベ ルのものだったりしたので,この ように迷走することになったのだ と思います。 ─大学入試改革について見直 し・延期が決まるまでの過程で, 南風原先生の教育・研究経験(心 理統計学)が活かされた場面につ いて教えてください。 記述式問題については,私が委 員として参加した高大接続システ ム 改 革 会 議(2015年3月 〜 2016 年3月)で議論になりました。そ こで私は,記述式問題の妥当性 は,設問内容だけでなく,解答が どのような採点基準,どのような 採点体制で採点されるかによって 決まるということを指摘しまし た。採点のぶれ,すなわち信頼性 の側面はよく理解されていて,そ のために,ある語句が含まれてい るか否かで採点するような方式が 提案されたりしましたが,そのよ うな採点では記述式本来の良さは 発揮できず,しかもそのやり方で も,ぶれはなくならないというこ とを伝えました。結局は,採点の 正確性を保てないという理由で取 りやめになりましたが,問題はそ こだけではないということです。 英語の資格・検定試験について は,上述の会議が終結した後に話 題になったものですが,複数の試 験のどれを受けても共通の尺度で 評価できるという主張がなされて いました。しかし,その根拠はと ても脆弱なものでしたので,その 点は指摘しました。また,資格・ 検定試験と大学入試とでは目的 も,求められる採点等の質も異な るので,その観点からも意見を述 べてきました。結局,会場の確保 や地域的な公平性といった理由か ら導入が見直されることになりま したが,他にもいろいろな問題が あることがまだ十分には認識され ていないように思います。 私が指摘してきたのは,いずれ も基本的なことばかりで,特に専 門的な意見を述べたわけではな いのですが,そうした基本的なこ とすら,十分にふまえられていな いというのが現実としてありまし た。 ─「基本的なこと」がないがし ろにされ,大学入試改革が進んだ 背景・原因は,どのようなところ にあるとお考えでしょうか。 英語の資格・検定試験の導入に ついては,財界や政界の意見が推 東京大学 名誉教授/ 広尾学園中学校・高等学校 校長
南風原朝和
氏
インタビュー
菅原大地
37 この人をたずねて 進力になっていたようです。具体 的に制度設計をする際には,いわ ゆる専門家の意見も聞くのです が,それがいつも同じ人であった り,計画を推進するのに不都合な 意見を言わないことが予見される 人であったりして,批判的な意見 を含め,専門的な知見を広く求め る,というところが圧倒的に不足 していたと思います。 ─南風原先生の論考のなかで は,「国ではなく,各大学がその 大学で学ぶのには何が必要かとい う観点から,学習指導要領の範囲 内で主体的に定める。大学間で共 通する内容については,協力して 共通のテストを作成・実施するこ とにより,評価の効率と質を高め る」ということを強調されていま す。しかし,このような意見,す なわち教育者・研究者としての意 見がなかなか反映されにくいとい う現状もあるかと思います。私た ちができること,あるいは気をつ けなくてはいけないことなどはあ りますか? 「教育者・研究者としての意見」 をなかなか反映させない人もまた 「教育者・研究者」であったりし ます。たとえば,国立大学の学長 たちが集う国立大学協会は,共通 テストへの英語の資格・検定試験 の導入について,一時期は健全な 懸念を述べていましたが,それが 何も解消されないうちに,全国立 大学で採用,という方針を決めて しまいました。国からの運営費交 付金が気になるのでしょうが,こ ういうところを見ると,「敵は内 にあり」と思ってしまいます。 今般の大学入試改革では,ここ まで出た話題のほかに,主体性の 評価も重視されています。しか し,大学自体が主体的な行動がで きているかというと,大きな疑問 があります。大学ないし大学人自 身が若者の目標になるような主体 的で知性的な行動を示していかな ければならないと思います。 ─(大学入試改革から話題が変 わりますが)先生が研究を始めた きっかけについて教えてくださ い。 大学2年生の秋に,理系から教 育心理学科に進学が決まりまし た。心理統計学というのは存在も 知らず,心理学への漠然とした興 味からのスタートでした。最初の ころ,井上健治先生の英語文献講 読で,知能の分布が世代を超えて 定常的な分布になることについ て,マルコフ過程のことが文献に 書いてありました。さらっとし た記述しかなく十分に理解でき なかったので,あれこれ調べ,考 えて,「深い理解」に達する経験 をしました。その後,芝祐順先生 の教育統計学の授業や,プログラ ミングの実習などで頭角を現し (笑),3年生のときには4年生の卒 業研究の手助けをして,4年生か ら「先生」と呼ばれていました。 それで,調子に乗って大学院に進 み,現在に至る,という次第です。 ─最後に,若手研究者へのメッ セージをお願いします。 若手の研究者の方々は,それぞ れ精力的に,そして私たちの時代 にくらべはるかに国際的に研究を 展開していて,すばらしいと思い ます。研究テーマをとことん,納 得のいくまで追究していってほし いと思います。 ■インタビュアーの自己紹介 インタビューを終えて 今回のインタビューは,当初, 2020年4月に広尾学園中学校・高 等学校にて行う予定でしたが,新 型コロナウイルスの感染が拡大し つつあったため,メールによる文 通形式でインタビューを行わせて いただきました。ご配慮いただい たことに感謝いたします(同僚の 湯立先生の質問にもお答えいただ きました)。 インタビューを通して,正しいと 思うことを社会に発信していく先 生の力強さと,研究者・大学人と しての確固たる意志を感じました。 子どものような感想になりますが, このやり取りの中で研究者・大学 人として「かっこいいなぁ」と思 うことが何度もありました。 また,大学教員となって間もな い私にとって,「大学人」とは何 か,今後,日本の大学はどうなっ ていき,そのなかで自分は何がで きるのか,ということについて深 く考える機会となりました。 現在の研究テーマ 博士論文から引き続き,ポジ ティブ感情を細分化して,それぞ れの感情の機能を明らかにしよう と,調査・実験研究を行っていま す。最近では,山口県の秋芳洞で 畏敬体験のフィールド研究を行い ました。このほかにも,認知行動 療法のアプリケーションを開発 し,治療技法のテーラーメイド化 に挑戦しています。今後も魅力的 で主体的に動く,研究者・大学人 になれるように精進します! Profile─すがわら だいち 筑波大学人間系助教。2019年,筑波大学大学院人間総 合科学研究科ヒューマン・ケア科学専攻修了。博士(心 理学)。専門は臨床心理学,感情心理学,ポジティブ心 理学。論文は「ポジティブ感情概念の構造:日本人大学 生・大学院生を対象として」(共著,『心理学研究』)など。